この漢字を読める方は何人おられるだろうか。この空五倍子色の原典は『古今和歌集』にある。「世をいとひ木の本ごとに立ちよりて空五倍子染めの麻の衣なり」という歌である。あてもなく行脚して、疲れ果てて、木陰にうつ伏している僧侶、その衣は五倍子という染料で染めた、墨色つまり鈍色系統の色を着ているのである。
鈍色というのは、平安時代、近親者が亡くなって喪に服しているあいだじゅう着ている墨色で、近い人の時ほど濃いものを着ることになっている。当然のことながら、僧侶はいつも墨染の衣を着ているわけである。五倍子というのは、そのものが植物ではなくて、ウルシ科のヌルデの木の瘤をさしている。
ヌルデの木に共生しているヌルデミミフシという虫の雌が吻を差しこんで卵を産み付ける。
やがて、そこに一万匹近い幼虫が孵化して樹液を吸うために、大きくなって袋のような瘤になるのである。
それが五倍にもふくれるので五倍子、あるいは付子とも言われる。幼虫は秋になるとそこから飛び出すためにその前に人間が収穫する。その皮にはタンニン酸が多く含まれていて都合がいいからである。これを煮沸して五倍子の液を出して、鉄分のある別の媒染液に入れると淡墨色からだんだんと濃くなっていくのである。
この五倍子は王朝の女人達が成人の証として歯を黒く染める、いわゆるお歯黒の染料でもあった。これを塗ってから、お粥のなかに鉄を入れて鉄気を出したものを塗ると歯は黒く染まる。
日本の伝統色を、日本古来の植物染により再現。日本の色の歴史や文化を平易に解説。
『自然の色を染める: 家庭でできる植物染』
監修: 吉岡幸雄、福田伝士
紫紅社刊
家庭でできる草木染め。工程写真1200点とともに、日本の伝統色の染め方をわかりやすく解説。