桜鼠(さくらねずみ)


京都の洛南に墨染というところがある。

この前も東京から来られた人と車に同乗していて、そこを通った折に、昔はこのあたりで墨で染物をしていたのですかと、尋ねられた。そうではなくて、地名は次のような歌に由来しているのである。

『古今和歌集』に収められている「深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染めに咲け」と上野岑雄 (かむつけのみねお) が、友人である藤原基経 (もとつね) が亡くなったのを悲しんで詠んだものである。

平安時代、都の南・深草の里は貴族の別荘が営まれていて、その一角に桜の名所があった。岑雄は、親しい人が亡くなると、鈍色、すなわち薄墨色の服を着て喪に服するのだから、せめて今年だけはこの美しい桜も墨色がかったような桜鼠の色に咲いてくれと願いをこめて歌をつくったのである。それからその深草 (ふかくさ) の里の一角は墨染と呼ばれるようになった。

「桜鼠」という色名は、このようなところから由来していて、私の工房では、淡い紅色に染めてから、檳榔樹の実をお歯黒鉄で媒染して薄墨色をかけている。

岐阜県根尾谷の淡墨桜

岐阜県根尾谷の淡墨桜

この歌を表すかのような色をした桜が岐阜県根尾谷にあって、満開の頃は多くの人びとが訪れるらしい。

私はその地へおもむいていないが、この樹が分枝された弟分が、奈良西の京の薬師寺の寺務所前にあって、何度も拝見している。三月三十日から四月五日まで薬師寺では「花会式」が行なわれる。その儀式を見学する前に、薄墨桜とも出会ってほしいものである。

日本の色辞典桜鼠鈍色の色標本と詳しい解説は
日本の色辞典』をご覧ください。
吉岡幸雄・著 (紫紅社刊)

王朝のかさね色辞典王朝のかさね色辞典』吉岡幸雄・著 (紫紅社刊) の「桜の襲 (かさね)」には、植物染で再現された桜の襲、薄花桜の襲、白桜の襲、樺桜の襲、桜萌黄の襲、松桜の襲など、桜の襲だけで25種類のかさねが紹介されています。


カテゴリー: 季の色
タグ: ,
この投稿のURL