京都の洛南、伏見にある私の工房は、昔の長屋の建物である。隣が引っ越しされるたびに父が借り足していったものだから、必然的に横に長くのびた家になっている。
幸い、東西に長くなっているので、南に面して細い庭があり、どこも日当たりがよく、染料になる樹もたくさん植えてある。
4月下旬あたりには、花水木の花が白系と淡い紅系のものと2種咲いて、朝日に照らされて美しかった。ところが、ここ2、3日でもう散っている。
そうかと思えば、胡桃 (くるみ) の樹には、花というよりも、細長い小さな実のようなものが垂れ下っている。植物事典などを見ると、それは花序 (かじょ) で、枝の頂上から1本垂れているのが雌花、その横に4、5本垂れているのが雄花であるらしい。それもこのところ散ってしまって、屋根瓦のうえに広がっている。花序というのは、複数の花が集団をなしていることをいう。
カバノキ、ハンノキ、ナラなども同じように花序が枝から垂れている。
5月になって樹々は華麗な色とはいえないが、黄から萌黄色の花序をたくさんつける。山を見ると、緑の新しい葉のうえに浮き上がるように見えるのが花序である。
やがてこれらは実を結んで、夏にかけて生長する。その実の中にはたくさんのタンニン酸が蓄積されていくのである。
ブナ科のナラやカシ、カバノキ科のハンノキの類い、そしてフトモモ科のクルミ、どれも植物染をもっぱらとする者なら、お世話になっているものばかりである。
5月は、工房の小さな庭にも新しい生命の息吹が感じられる時である。