京都に住んでいて、何がいいかといえば、街中からものの十分も車で走ると、緑豊かな山川の景色に出会えることだ。
なかでも私は東山三十六峰のひとつ独秀峰を背景にそびえる南禅寺の伽藍付近を散策するのが好きである。
広壮な三門をくぐり、森閑とした仏殿あたりに佇んでから、奥の水路閣に歩く。この水路閣というのは、明治時代の大事業である琵琶湖疏水の一部で、煉瓦造りの橋閣の上をいまも水が勢いよく流れている。南禅寺という古刹に明治の進取な気風が配されて、まことに独特の光景となっている。
煉瓦は、酸化した鉄分が混じった粘土に砂を加えて、九百度近い窯で焼成したもので、赤褐色になる。日本や中国で古くから用いられてきた弁柄系の色と同じ色といえる。
そもそもこの煉瓦は古代エジプトで考案され、古王朝時代の巨大なピラミッドやそれにつづく神殿の建築資材として使われた。それはギリシャ・ローマ帝国にひきつがれて、地震の少ないヨーロッパ全土へと広まったのである。
日本では、江戸時代の終わり、金属を高温で溶解する反射炉を伊豆韮山に建設するおり、煉瓦が多量に必要となって、天城山に登り窯を築き、焼成したのがはじまりとされている。
明治時代に入って、西洋建築がつぎつぎと建てられるようになり、文明開化の象徴として「煉瓦色」の色彩が多くの人の目につくことになった。
そして、いま紅葉があざやかな東山山麓に、京都の開化のさきがけといえる水路閣が、苔むした煉瓦色を古色蒼然と見せている。
煉瓦色、弁柄の色標本と詳しい解説は
『日本の色辞典』をご覧ください。
吉岡幸雄・著 (紫紅社刊)