平安王朝の多彩な「
奈良時代 (710〜794) や平安時代 (794〜1185) におこなわれた染色には驚嘆する。当時の、いわば単純な技術で、いかにしてあのように美しい色を染め得たかということが不思議である。しかもこの日本の染色芸術の黎明期の高い水準は、後代には二度と達成され得なかったのである。
奈良・平安期の色と染色技法ほど、私の仕事や、色と染色についての考え方に強い影響を及ぼしたものは、ほかにない。
奈良のいくつかの古寺、とくに東大寺の正倉院に、この時代の衣裳や布、また断片裂が見事な状態で今日まで保存されてきたことは幸運だったといえる。私の父の場合は、この正倉院に伝来した布類との出会いが、古代の染色技術の研究にのめり込むきっかけとなったわけで、その思いは私にもつながっている。
私の場合はさらにもうひとつ、仕事に刺激と発想を与えてくれる源として、平安時代の文学、たとえば、紫式部の『源氏物語』や清少納言の『枕草子』などがあった。
これらの著者が本のなかで色の叙述に紙幅を割いていたり、紙や着物や花の色彩に多大な注意を払っていることから、当時の宮廷生活はきわめて色彩豊かで、色への意識が旺盛であったことがうかがえるのである。
『源氏物語』にしても、数えれば80あまりの異なる色の名前がでてくる。ということは、よくいわれる墨絵に見る黒白の美学とか、渋い灰色や茶色を好む「
「虹色どろぼう:染司よしおかの植物染」より
源氏物語の色辞典
平安の夢 368の色布総覧
著者: 吉岡幸雄
染色: 染司よしおか 福田伝士
発行: 紫紅社